2016年4月6日水曜日

20160406 地域勢力、文化と中央政府について・・

日本占領軍(進駐軍)司令官マッカーサーを叱りつけた男、従順ならざる唯一の日本

日本ではじめてジーンズを着用した人物

以上は本日、電車の中で不図思い出した人物に関してのエピソードです。

おそらく、これを読まれている方々は、その人物が誰であるかお分かりになると思います。

この人物は、現在読んでいる小説「迷路」に登場してきてもおかしくない特徴を持った人物像であると思われたため、思い出したのではないかと思います。

また、この人物は私から見て様々な意味において大変カッコ良いと思います。

また、それと同時に上に示した二つのエピソードとは、お互いに矛盾する要素があるのではないかと思います。

それは、前者の行動、評価においては太平洋戦争敗戦直後の我が国全般が戦勝国アメリカ合衆国の代表に対し屈従を強いられる状況において、この人物が示した反骨的精神、態度そしてそれを為さしめた行動規範を示すものであると思われます。

そして後者においては、戦勝国アメリカ合衆国を象徴する衣服であるジーンズをカッコ良い、機能的、合理的な衣服として用いていたことは、この人物が、衣服をはじめとする文化的事物、実用物の選択においては、その判断の基準が前者のような行動に影響されていなかったことを示すのではないかと思われます。

こうしたことは一見リベラルな態度であると思われますが、もう少し考えてみますと、その姿勢には幕末の討幕運動に参加し、維新政府を築いた勢力においても何かしら類似、共通した要素があるのではないかと思われます。

幕末期における倒幕勢力は幕府を責める、攻める口実、建前として尊王、攘夷といった国粋的な主張を掲げました。

一方において、その主張の物理的な意味での説得力あるいは正統性の源泉となる軍事力においては欧米のものを機能的、合理的として認め、これを採用しました。

つまり観念的な要素については自国の既存の伝統、尊厳を保つような主張を掲げ、実際的な要素についてはより機能的、合理的そして有効と考えられる世界的、普遍的基準に則るというようなことではないかと思われます。

また、こうした行為態度とは、国際的な見地で現在の東アジア諸国において類似した現象を見受けることができるのではないかと思いますが如何でしょうか?

さて、明治維新以降、実際的な要素が大きくなり、西洋化が進展した我が国において、本音から尊王、攘夷といった主張を掲げ倒幕運動に参加してきた勢力は、そうした実際的側面つまり西洋化を基軸とする明治政府の方針に異を唱え、九州を中心として反乱を起こし、そして鎮圧されました。

こうしたことを考えてみますと、私は六世紀代の継体天皇朝における筑紫君磐井の叛乱を想起します。

こうした地域文化、勢力を主体とする中央政府への叛乱(?!)、そして中央政府による鎮圧とは、それが時代を通じ重なる毎、中央政府にとっては事態が都合良くなってゆくのでしょうが、同時にそれは地域の主体的、能動的態度を圧殺、扼殺するような側面もまた、あったのであったのではないかとも思います。

そうした歴史を辿ってきた現代の我が国中央政府が地域再生を主張することに対し、代々地域に根差してきた人々は果たしてどのような感想を持つのでしょうか?

あるいは、そうした歴史とは、我が国を含め統一国家全般が辿るべき一種の宿命であったのでしょうか?

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。